地震による擁壁被害というと、「震度が大きかったから仕方がない」と思われがちです。しかし実際には、同じ地震でも被害が集中する場所と、ほとんど被害が出ない場所がはっきり分かれることがあります。その差を生む大きな要因が、地形と断層、そしてそれに伴う地盤条件です。擁壁は、こうした「場所の特性」の影響を非常に受けやすい構造物なのです。
傾斜地というだけで、擁壁は不利な条件にある
まず前提として、擁壁が設けられている場所の多くは傾斜地です。傾斜地では、
・重力による土の移動力が常に働いている
・雨水が集まりやすく、地盤が緩みやすい
・地震時には斜面方向に力が集中する
といった、平坦地にはない不利な条件が重なっています。擁壁は、こうした条件を前提に安全性を確保する必要がありますが、古い造成地では、その想定が不十分なまま造られているケースが少なくありません。
谷埋め盛土は地震に弱い
地形による影響で、特に注意が必要なのが谷を埋めて造成された盛土地です。谷埋め盛土では、
・地盤が不均一になりやすい
・締固めが不十分な層が残りやすい
・地下水が集まりやすい
という特徴があります。地震時には、こうした盛土部分が揺れやすく、ずれやすくなり、
その影響が擁壁に集中します。「擁壁自体はしっかりしているのに、背後の地盤が動いて崩れる」
という被害は、このような地形で多く見られます。
切土と盛土が混在する造成地のリスク
住宅地造成では、山側を削る「切土」と、谷側を埋める「盛土」が同時に行われることがよくあります。この切土・盛土の境界部分は、地震時に特に問題が起きやすい場所です。
・硬い切土地盤と、軟らかい盛土地盤の差
・揺れ方の違いによる段差やずれ
・擁壁に不均等な力がかかる
こうした条件が重なり、擁壁や宅地に被害が集中することがあります。
断層の存在が揺れ方を変える
日本には多くの活断層が存在しています。断層の近くでは、
・揺れが局所的に強くなる
・縦揺れ・横揺れが複雑になる
・短時間でも非常に大きな力が加わる
といった現象が起こりやすくなります。擁壁は、こうした急激で複雑な揺れに対して弱点を持ちやすく、設計時に想定されていなかった揺れ方をすると、一気に不安定になることがあります。
「地盤が悪い=すぐ危険」ではないが…
ここで注意したいのは、「傾斜地だから」「断層が近いから」すぐに危険だと決めつける必要はない、という点です。重要なのは、
・その地形を前提に、適切な造成・擁壁設計がされているか
・地盤条件を踏まえた排水・補強が行われているか
ということです。問題なのは、地形や断層のリスクがあるにもかかわらず、それが考慮されていない擁壁です。
専門家は「地形の履歴」を読み取る
擁壁の安全性を判断する専門家は、単に擁壁だけを見るのではなく、
・昔の地形はどうだったか
・どのように造成された土地か
・周辺で似た被害が出ていないか
といった土地の履歴を重視します。地形や断層の影響は、目に見えないが、確実に存在するリスクです。それを読み取れるかどうかが、専門家の大きな役割になります。
まとめ:擁壁は「場所の力」を受けている
擁壁は、単独で存在している構造物ではありません。地形・地盤・断層といった「場所の力」を、常に受け続けています。地震時に擁壁がどうなるかを考えるには、揺れの大きさだけでなく、その場所の成り立ちを知ることが欠かせません。

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