日本に危険な擁壁が多い理由

擁壁特集
日本はもともと「擁壁と切り離せない国土」である

 日本は国土の約7割が山地・丘陵地で占められており、平坦で広い土地は決して多くありません。都市部や住宅地として利用できる土地を確保するためには、山を切り崩し、谷を埋め、高低差を調整する造成工事が不可欠でした。こうした造成によって人工的につくられた斜面や段差を安定させるため、擁壁は全国各地で数え切れないほど築かれてきました。

 その結果、日本の住宅地は 「擁壁とともに発展してきた」 と言っても過言ではありません。しかし問題は、その多くが 現在の安全基準や耐震思想が確立する前につくられた擁壁 であるという点にあります。

高度経済成長期に大量につくられた古い擁壁

 昭和30〜50年代の高度経済成長期、日本では深刻な住宅不足を背景に、全国各地で宅地造成が急速に進められました。人口増加と都市集中に対応するため、「早く・大量に住宅地を供給すること」が最優先された時代です。当時は、現在のような宅地造成工事規制法が十分に整備されておらず、擁壁に対しても、

・経験則に頼った設計
・鉄筋を入れない構造
・排水計画がほとんど考慮されていない施工

といったケースが少なくありませんでした。そのため、外見上はしっかりして見えても、構造的な裏付けがない擁壁 が全国に大量に残る結果となりました。これが、現在も各地で擁壁事故が後を絶たない最大の理由の一つです。

地震が多い国であるにもかかわらず耐震性が不足

 日本は世界有数の地震国ですが、古い擁壁は「地震を想定していない」ものが多く、現在のような耐震設計の考え方が確立する前につくられています。特に、

・石積み擁壁
・間知石積み擁壁
・無筋コンクリート擁壁

といった構造は、地震による横方向の力(水平力)に極めて弱いという特徴があります。これらの擁壁は、普段は自重と土圧で安定しているように見えても、地震時には一気にバランスを崩し、連鎖的に崩壊する危険性をはらんでいます。
 実際、過去の大地震では、建物そのものよりも先に擁壁が倒壊し、宅地ごと失われた事例も数多く報告されています。

大雨・集中豪雨が擁壁の弱点を突く

 近年、日本各地では集中豪雨や線状降水帯による大雨が頻発しています。擁壁は本来、背面にたまる地下水や雨水を速やかに排水することで、土圧の増加を防ぐ構造でなければなりません。しかし、古い擁壁では、

・排水孔そのものが設けられていない
・排水管が経年劣化や土砂で詰まっている
・背面に透水層や砕石層が設けられていない

といったケースが非常に多く見られます。排水不良が致命的な原因になります。水が抜けない状態で雨が降り続くと、土の重さは一気に増し、擁壁は前方へ押し出されます。その結果、ひび割れや膨らみが生じ、最終的には 突然の崩壊 に至ることがあります。

「擁壁は壊れない」という誤解

 擁壁は日常生活の中で目立たない存在であるため、

「何十年も問題なく使えているから大丈夫」
「今まで崩れていないから安全」

と考えられがちです。しかし実際には、擁壁は 劣化が内部で静かに進行する構造物 です。表面に大きな異常が見られなくても、内部で空洞化が進んでいたり、基礎部分が洗掘されていることも珍しくありません。そして事故が起きたときには、すでに 補修では済まない、取り返しのつかない状態 になっているケースが多いのが現実です。

土地取引や建築時に十分にチェックされてこなかった

 建物には建築確認や完了検査といった制度がありますが、既存の擁壁については、

・売買時に詳しい説明がされない
・設計者も「既存扱い」として深く踏み込まない
・買主自身も良し悪しを判断できない

という状況に置かれがちでした。その結果、危険性を抱えた擁壁が、そのまま次の世代へ引き継がれてきた のです。

まとめ

 日本に危険な擁壁が多い理由は、「地形」「時代背景」「法規制の未整備」「地震」「豪雨」といった複数の要因が重なった結果です。擁壁は、壊れてから対処するものではありません。知って、気づいて、早めに確認すること が、住まいと家族の命を守る最大のポイントです。

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