不同沈下が確認され、その原因が特定されたら、次は補修工事によって建物を安全かつ安定した状態に戻す必要があります。補修方法にはいくつかの選択肢があり、沈下の原因・規模・予算・建物の構造などに応じて、最適な方法を選ぶことが大切です。
ここでは代表的な補修工法を紹介し、それぞれの特徴・メリット・デメリットそして、計画・工法の注意点をまとめます。
不同沈下の修復工法 ― 3つの代表的なタイプとその特徴
不同沈下を修復する方法には、建物の地盤状況や沈下の原因に応じたさまざまな工法があります。これらを理解しやすく整理すると、大きく以下の3つのタイプ(修復アプローチのパターンに分類することができます。
【タイプ①】深い地層に建物を支えさせる「深層支持型の修復法」
この方法は、地表付近から深部まで軟弱な地盤が広がっており、浅い層では建物を安定して支えられない場合に採用されます。つまり、より深い安定した支持層(支持地盤)にまで力を届けることで、建物の荷重を確実に支え直す工法です。
主な工法:
- 鋼管杭圧入工法
建物の重みを利用して鋼管を地中深くに圧入し、安定地層まで到達させる。圧入力が増して鋼管が進まなくなった時点で反力が確保され、建物を持ち上げることが可能に。 - 薬液注入(グラウト工法)
セメント系薬液を地中に注入して硬化させ、柱状の支持体を作る。さらに基礎直下で薬液注入による膨張を起こし、建物の沈下を押し戻す。
適用条件:
- 軟弱地盤が比較的厚く、支持層が深い位置にある場合
- 長期的な沈下のリスクに備える必要がある場合
【タイプ②】浅い位置の支持層に建物を持ち上げる「浅層支持型の修復法」
この方法は、建物直下の比較的浅い部分に地盤改良が可能な層が存在する場合に適しています。基礎のすぐ下から1m程度の範囲内に安定した地層がある場合に、その層を活用して建物を持ち上げる工法です。
主な工法:
- 短尺鋼管杭+ジャッキアップ工法
基礎直下に鋼管を圧入し、その上に耐圧板とジャッキを設置。ジャッキで持ち上げる際に、地盤の支持力を超えないように施工管理が必要。 - 浅層グラウト注入工法
等間隔に配置した注入管から、基礎の下に少量ずつ薬液を注入し、地盤を膨らませて建物を持ち上げる。主にベタ基礎住宅で採用される。
適用条件:
- 軟弱地盤が表層に限られている場合
- 浅い深さに建物の重さを支えられる層がある場合
【タイプ③】地盤は安定しており、傾きを修正する「構造再配置型の修復法」
この方法は、すでに沈下の進行が止まっており、今後の再沈下のリスクが小さい建物に対して、傾いた状態だけを物理的に修正する工法です。
主な工法:
- 土台ごと持ち上げる「土台上げ工法」
基礎と建物をつなぐアンカーボルトを一時的に切断し、土台と建物をまとめて持ち上げて水平に戻す。必要に応じて、基礎の一部を新設することも。 - 建物の曳き家(ひきや)工法
建物全体をいったん別の場所へ移動させ、基礎を完全にやり直してから建物を戻す方法。古民家などで活用されることもあります。
適用条件:
- 地盤は安定しているが、建物に傾きが残っている場合
- 再沈下の心配がなく、構造の安全性に問題がない場合
修復工法の選定で大切なこと
沈下修復工事は、価格や施工の簡便さではなく、「沈下の原因」と「地盤状況」に応じた最適な工法の選定が重要です。たとえば、深い軟弱地盤が存在するにもかかわらず、コストを抑えるために浅層工法や土台上げを選択すると、再沈下のリスクが高まります。
沈下の再発防止を第一に考えることが、結果的に安心・安全な住まいを長く維持する最善策となります。
計画段階での注意点
不同沈下の修復工事では、「とにかく傾きを直すこと」が優先されがちですが、計画段階での準備不足が後のトラブルにつながるケースが少なくありません。特に以下の3点について、専門家の視点から十分な検討を行うことが大切です。
地盤の特性を正確に把握する
沈下の原因となっている地層がどの深さにあるのか、また、どの層まで補強が必要なのかを明確にしておく必要があります。特に「タイプ① 深層支持型の修復法」を選ぶ場合、支持杭や薬液が確実に安定した地層に届くことが前提です。
このためには、地盤調査結果を十分に読み解き、沈下原因と対策層を明確にすることが第一歩となります。
補強構造の仕様を建物に合わせて設計する
修復に使う鋼管の太さや長さ、注入材の強度などは、「建物の荷重(特に柱や土台にかかる力)」と密接に関係しています。しかし、修復業者がこれらを建築的に正確に把握するのは難しく、構造設計の知識が必要不可欠です。最適な補強設計のためには、以下のような配慮が望まれます。
- 建物の構造計算に基づき、柱ごとの荷重(軸力)を把握
- 鋼管やグラウトの設計荷重に応じて、材料や本数を適切に設定
- 材料の試験(グラウト強度試験など)を事前に実施して品質確認
持ち上げ支点の配置と基礎の耐力確認
沈下修復では、建物を部分的に「持ち上げる」操作が必要になりますが、このときに無理な力がかかると基礎が割れてしまうことがあります。特に注意すべきは:
- 支点と支点の間隔が広すぎないか
- 基礎の形状に対して支点が偏っていないか
- 躯体にたわみが生じないように、ジャッキアップの順番を計画しているか
このあたりは経験だけで判断するのではなく、建築士が基礎の強度や形状を考慮して助言する体制が理想的です。
施工時の注意点
いくら良い計画を立てても、現場での施工管理が甘ければ、修復は失敗に終わります。特に不同沈下の修復工事では、建物に負荷をかけながら作業を進めるため、わずかなズレや油断が致命的なダメージにつながることもあるのです。
補強体が設計通りの深さに達しているか
たとえば鋼管杭であれば、圧入力や圧入速度をリアルタイムで記録し、沈下の起きない「安定層」に到達しているかを確認しなければなりません。
- 圧入力が急激に増し、圧入速度が落ちる → 安定層に到達のサイン
- 事前の地盤調査データと照らし合わせて検証することが重要
グラウト注入であれば、注入量・範囲・固化の確認が必要であり、現場ごとに調整が求められます。
ジャッキアップ時の基礎破損を防ぐ管理体制
持ち上げポイントごとに上昇量をこまめに計測し、隣接するポイントとの「たわみ差」が基礎の許容値を超えないように管理します。たわみが大きすぎると:
- ベタ基礎や布基礎のコンクリートがひび割れ
- 建物内部にドアの開閉不良やクロスの破損が発生
こうしたトラブルを未然に防ぐには、施工中も精密なレベル管理と記録が欠かせません。
支点の位置ミスによる事故防止
過去の現場では、本来立ち上がり基礎の直下で支えるべきところを、15cmほどずれてスラブの下に設置してしまい、基礎を破損した例も報告されています。このような失敗を防ぐためには、
- 事前に支点位置を図面と照合し、マークを明示
- 複数人で「二重・三重の確認体制」を組む
という徹底した現場管理が求められます。
建築士の関与が不可欠な理由
沈下修復工事は、地盤や構造、材料、力の伝達など多分野にまたがる知識が必要です。
しかし実際には、工事の現場は「沈下を直すこと」に集中しており、構造的なリスクへの配慮が不足しがちです。
建築士が関与すべき具体的な場面:
- 支点の配置や持ち上げ量など、構造の安全性に関わる検討
- 材料強度や圧入力の妥当性チェック
- 支持地盤の特定や補強方法の選定への技術的助言
- 修復後の図面や記録書類の整理とアフターフォロー
建築士が関与することで、場当たり的な修復から、将来を見据えた安心できる住まいづくりへとつながります。
最後に
不同沈下の修復は、工事そのものも大切ですが、それ以上に「計画」と「管理」が重要です。
そして、そのすべての要に立つべき存在が建築士です。
また、不同沈下の補修工事は、「とりあえず直す」ではなく、再沈下しないための根本対策が求められます。補修費用は高額になることもあるため、信頼できる専門家の意見を複数聞くこと、そして補助金や保険の活用も視野に入れることが大切です。
沈下という問題に真正面から向き合い、専門的視点から住まいを守るためにも、建築士の関与がより一般的になることを願っています。
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